
実は日本に住む方との手紙のやり取りが30年以上も続いています。それも、たった一人だけ。まさに唯一無二な存在なんですが……。その方は親でも、兄弟でも、ましてや同級生や親友でもありません。
大将が中学1年と2年の時、2年連続でクラス担任だった先生なんです。つまり恩師なる方。52歳になった今でも川崎先生と呼びますし、また先生もジョウイチ君と呼んでくれます。
出会ってから40年が過ぎた今でも2人の距離感は昔のまま。それがなんとも心地よいし、また妙に嬉しくもあります。
鹿児島に帰省した際はお宅に伺うこともあります。絵本出版のお手伝いをさせて頂いたときには電話でのやり取りもありました。でも、一番多い遣り取りは手書きによる手紙でのやり取りなのです。ほんと時代遅れ、昭和って感じですよね。でも、手紙の良さというものを今、改めて実感しています。平成世代の人にはわからないだろうなぁ。
なにより、こうして交流が続いているのは大将が川崎先生を尊敬しているし、また川崎先生の教えに感謝しているからなのです。この先生との出会いが無かったら絶対に自分は今、タイに居ないと思います。
川崎先生は美術の先生であり画家でした。フランスに美術留学されたりメキシコにスケッチ旅行に行かれるなど当時としては凄く異端な雰囲気を持った先生だった記憶が鮮明にあります。
川崎先生は美術の教師でしたが学活や隙間時間では英語を教え、本を買え、読書しろが口癖でした。殻に閉じこもるな。これからはコスモポリタンであれ。とにかく海外へ出ろ。視野を大きくもて。挑戦することを恐れるな。いつも田舎者の少年に発破をかけてくれました。
お陰で中学2年の時にはアメリカに1カ月ホームスティし、高校2年時は特待選考試験を受け再度アメリカ留学ができました。また高校3年の時は、当時イギリスの日本人学校に赴任していた川崎先生を訪ねてロンドンまで行ったこともあります。
十代でのこうした経験は川崎先生との出会いがあったからこそ。その経験が今の自分に繋がっているのは間違いありません。まさに自分の人生の財産なのです。
何気ないタイでの日常を綴る手紙での恩師との交流。これからも続けていきたいと思います。
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johnnie315
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johnnie315
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